ある日、ふと気になる人に出会う。
たまたま隣の席になった。
たまたま同じタイミングで同じ場所にいた。
たまたま、という偶然が重なって、
気がつけばその人のことを考えている。
そんな経験をしたことがあるとき、
「これって、縁なのかな」と思うことがあります。
反対に、大切にしたいと思っていた人と、
なんだかうまくいかなかったときや、
好きだったのに離れていってしまったとき。
「縁がなかったということなのかな」と、
寂しさの中でそう思ってしまうこともあります。
縁は、あるのでしょうか。
それとも、ないのでしょうか。
ここでは恋愛における「ご縁」という感覚を、
一緒に考えてみたいと思います。
「縁」を感じるとき、心の中で何が起きているか
誰かに出会ったとき、
「この人とは縁がある気がする」
と感じることがあります。
初めて会ったのに、なぜか話しやすい。
どこかで会ったことがあるような気がする。
一緒にいると、不思議と安心できる。
その感覚の正体は何でしょうか。
心理学的には、
自分の価値観や経験と近いものを持つ人に対して、
人は自然に親しみを感じやすいとされています。
「類似性の法則」と呼ばれるこの考え方によれば、
二者の似ている部分が多いほど、
関係が深まりやすくなるといいます。
ですから「縁がある」と感じる相手からは、
あなたの心が何か「近さ」を感じ取っている、
と言うことができるかもしれません。
なにか「言葉にできないつながり」を感じて、
それがなにであるかすぐに整理できないときに、
「縁」という形で心がひとまず、
それを整理したのではないかということです。
「縁」と感じることと、科学の説明は別のもの
「縁」という言葉について聞く時に、
まるでそれが目に見えない、
魔法の力の話のように聞こえることがあります。
運命とか、
引き寄せとか、
前世からのつながりとか。
そうしたものを信じる気持ちと、
科学で確かめられていることを信じる気持ちは、
同じではありません。
似た価値観を持つ人に親しみやすいこと。
出会った時期によって関係の育ち方が変わること。
それが運命の存在を証明するのだと、
思う人もいるし、思わない人もいるでしょう。
それでも誰かとの出会いを、
これこそが「縁」であると呼びたくなる。
その心の動きまで否定する必要はないと思います。
「あのとき出会っていたら、違ったかもしれない」
そう思えた経験があったのなら、
きっとあなたにとってそのタイミングが、
とても大切だったということなのでしょう。
うまくいかなかった恋は、縁がなかったということなのか
「縁」があったかどうかという問いが、
最も切実に取り上げられるのは、
恋がうまくいかなかったときではないでしょうか。
好きだったのに、伝わらなかった。
一緒にいたのに、離れていった。
大切にしようとしたのに、終わってしまった。
そういうとき、
「縁がなかったんだ」という言葉を、
自分を納得させるために使うことがあります。
その言葉がすこしだけ、
心を楽にしてくれることもあります。
でもそれと同時に、
「縁」がなかったということは、
この関係は最初から無意味だったのか?
「縁」がないと分かっていたのなら、
好きにならなかったほうがよかったのか?
そんな気持ちがじわじわと、
心を締め付けてくることもあります。
ここで、少し別の見方をしてみてください。
うまくいかなかった恋には、
縁がなかったのではなく、
「そこまでの縁があった」という見方です。
出会うまでの縁。
気持ちを育てるまでの縁。
互いの存在が、互いに何かを残すまでの縁。
人との縁には、長さがある。
長く続く縁もあれば、短い縁もある。
それはどちらが上で、
どちらが下ということではありません。
その恋の中で深く心を動かした出来事が、
その後の自分を作っていくことだってあります。
短くても、深かった縁の余波が、
今もあなたの心の中に残っているかもしれません。
ただし、傷つかなくてよかったものまで、
「自分に必要な痛みだった」と、
無理に意味づける必要はありません。
ひとつひとつの出会いの意味は、
後になって見つかることもあります。
それが見つからないうちに、
そのとき傷ついた事実だけを見つけて、
痛い思いをしなくてもよいのです。
「引き寄せ」という考え方と、その注意点
恋愛の話になると「引き寄せの法則」、
という言葉を耳にすることがあります。
強く思えば、それが現実になる。
ポジティブでいることによって、
良いことが引き寄せられてくる。
思うだけで現実がその通りになるということは、
科学的に確かめられた法則ではありません。
一方で、自分が何を信じているかによって、
いろんな人との関わり方や、
そのときに選ぶ行動が変わることはあります。
ですから前を向く言葉として、
引き寄せが役に立つ人もいるでしょう。
ただし、注意も必要です。
もっとポジティブでいれば、縁がつながった?
自分を信じる気持ちが足りなかったから、
この縁がうまくいかなかった?
そんなふうに、自分を責めるために、
引き寄せの考え方を使わないでください。
ひとつの縁がつながらなかったことは、
あなたの気持ちやそこまでの努力が、
足りなかったことを証明するわけではありません。
直感を信じることと、考えすぎることのバランス
「縁がある」と感じる直感、
それ自体は大切にしていいものです。
ただ、その直感を恋愛の中で使うとき、
少し丁寧に扱ってほしいことがあります。
「縁があるから大丈夫」という思い込みが、
関係の中で感じたモヤモヤや違和感を、
見えにくくしてしまうことがあるからです。
縁を感じていても、
なにか心に悪い関係になってしまっていて、
相手の態度が自分を傷つけているなら、
その痛みを無視するべきではありません。
縁があるから続けるべき、ではなく、
自分の心が安心できる関係かどうか。
それを確かめることも、とても大切なことです。
直感というものは、相手の返事や、
実際の行動より強い証拠ではありません。
相手が望んでいないことや、断ったことを、
「縁があるから」と押し越えないことも大切です。
逆に、縁がないように見えても、
少しずつ時間をかけて育っていく関係もあります。
最初からうまくいくことだけが縁ではありません。
ゆっくりとつながっていく過程の中に、
縁が育まれていくこともあります。
縁を「待つ」のではなく、縁に「気づける自分」になること
ご縁について考えるときに、
つい「縁が来るのを待つ」、
という姿勢になりやすいことがあります。
良い縁があれば、きっとうまくいく。
縁がある人と出会えるまで、待ち続ける。
それで上手く運ぶ縁ももちろんあるでしょうが、
それでも縁というもの自体は、
ただ降ってくるだけではないかもしれません。
いつもの日常の中に、
小さなご縁はたくさんあります。
でも心が疲れていたり、
自分のことに精一杯なとき、
その縁に気づけないことがある。
自分の心と体調を少しずつ整えて、
安心して誰かと向き合えるような、
すこやかな状態を作っていくこと。
それが、「ご縁に気づける自分になる」、
ということかもしれません。
そうして好きな人に対して、
少しだけ自分のことを話してみるとか、
相手の話を、ただ丁寧に聞いてみるとか、
一緒にいる時間の中に流れている、
たしかな温かさに気がついてみるとか。
そういう小さな積み重ねの中に、
ご縁は育っていくのかもしれません。
縁は、信じても信じなくてもいい
「縁」という考え方を、あなたが信じるかどうか。
それは、どちらでもいいと思います。
信じることで前を向けるのなら、
ぜひその感覚を大切になさってください。
信じることが難しくても、
出会いのひとつひとつに意味を感じながら、
丁寧に向き合っていくことはできます。
縁があったかどうかは、
後から振り返ったときに、
ゆっくりと分かってくることもあります。
今この瞬間に、
分かるものでもないかもしれません。
ですから、
「この縁は本物だったのか」という問いに、
今すぐ答えを出す必要はありません。
あなたが誰かを大切に思った気持ちは、
縁があったかどうかに関わらず、
本物だったということが、重要なのです。
縁という言葉を、自分を責めるために使わないで
最後に、ひとつだけ伝えさせてください。
「縁がなかったから」という言葉が、
あなたを責めるための言葉になっていないか、
少しだけ確かめてほしいのです。
気持ちが足りなかったから縁がなかった。
あのとき違う行動をしていれば縁はつながった。
そんなふうに使うのは、
あなたの心にとって、やさしくありません。
縁というものがあるとしたらそれは、
あなた一人の意志で操作できるものではなくて、
きっと二人の間にある何かです。
うまくいかなかったことを、
あなただけのせいにしないでください。
好きになったことを、
間違いだったと思うのではなく、
真剣に向き合ったことを、
無駄じゃなかったと思えるように。
縁があったかどうかより、あなたがその恋の中で、
どれだけ誠実でいたかということのほうが、
ずっと大切なことではないでしょうか。
縁というものが、本当にあるのかどうか。
その答えは、誰にも分かりません。
でも「あるかもしれない」と感じる心の感覚は、
あなたの恋を丁寧にしてくれるものだと思います。
出会いを大切にしたいという気持ち、
タイミングを信じてみたいという気持ち。
たとえ今はうまくいかなくても、
いつか、と思える気持ち。
その感覚があることを、
否定するのはとてももったいないことです。
あなたが誰かとつながろうとする気持ちの中に、
縁はもうはじまっているのかもしれません。